ここ最近、アーヴィングの「スケッチブック」を読んでいる。19世紀に書かれたエッセイだ。冒頭のアメリカからヨーロッパに到着するまでを書いた「船旅」は、現代の旅行記として読んでも違和感がなく、数百年の時を経ても、感じることはこんなにも変わらないのかと感激した。一方で今日読んだ「寡婦とその息子」というエッセイは、貧乏が故に貧しい葬式という描写が生々しく、特に現代の日本では火葬場に貧富の差が現れる訳ではないから戸惑った。
それは貧民の葬式で、壮麗な趣とはおよそかけ離れたじつに質素なものであり、また棺桶は粗末な材料で作られた形ばかりのもので、棺掛けもなければ他の棺飾りも施されずに、数人の村人たちに担がれて運ばれてきた。どこか冷淡で無関心な様子の堂守がその先頭に立っていたが、せめて見せかけだけでも悲嘆に暮れ寄り添って泣き、故人を弔おうとする人がひとりでもいればいいのだが、そのような人物はおらず、棺の後を真に悲しみに暮れた喪主である女性がひとり弱々しくとぼとぼと歩いていた。それは故人の老いた母親であった。
遠い昔に読んだヴィアンの「泡沫の日々」でも、そういえば貧しくなった主人公の妻を弔う葬式の場面があって、どれだけ雑に死を扱うかの描写が生々しかった。19世紀では、貧富の差は葬式の形で見えるものだった。豊かでなければ、死は雑に扱われる。
そしてそのエッセイは、ほどなく後を追うように亡くなった母親の死を肯定するというかむしろ喜んでいるような終わり方をしていた。若くして息子を亡くし、しかもその死を満足に送ることができず、悲しみが癒えないうちに亡くなる。ただそれをただの「不幸」という言葉で捉えることは少し雑すぎる。
その後の数週間、この老女は教会のいつもの席に姿を見せなかった。私はこの土地を立ち去る前であったが、彼女が静かに息を引き取ったことを知らされた。私の心はどこか満足感に支配されていた。あの老女は天国で愛する人たちと再会しているに相違ない。そして、もう二度とあのような悲しみを味わうこともないだろうし、切ない別離を経験することもないだろう。
現代ではあまり語られることはないけれど、確かに「死」には解放の側面がある。
そういえば、ずっと死にたがっていた友人が亡くなったときのことを思い出す。
もちろん悲しさはあったけれど、同時に、もう彼女は死にたい気持ちと葛藤しなくていいのだとも思った。
それは「解放」と呼んでもいいのかもしれない。
