先日、ケンティーのコンサートに初めて行った。
ケンティーを見るのは二回目で、最初は2025年のJapan JAM。一時間弱、最後まで一切緩めることなく、テレビで何度となく見かけた、キラキラのアイドルそのまんまだったことに衝撃を受けた。それがきっかけでファンクラブに入り、彼を追うようになった。
今回のライブは三時間超。それでもなんと、最初から最後まで、ケンティーはキラキラし続けていた。キラキラし続けるというのは、なかなか過酷なことだ。激しいダンスをしながら笑い、歌い、トークで場を温め、ゴンドラに乗り、星を撒く。しかもそれを三日間で四公演もこなす。
帰り道、一緒に観に行った激務寄りのワーママの友人と、私たちももっと頑張らないとね、と言い合った。仕事人として、喝を入れられたような夜だった。
そして一晩経って、心に残っていたのは歌でもダンスでもなく、ライブの途中で挿入された短い物語だった。
薔薇の国を出たケンティー王子が、一番星になるために旅に出る話。その旅の始まりが容易ではなかったことを、私はもう知っている。だから胸が痛んだ。
最後の挨拶や「ピカレスク」「迷夢」を思い返すと、ケンティーがSexy Zoneを卒業すると決めたあとのバッシングで、どれほど傷ついたのかが透けて見える。その話題に触れたときの、曖昧な表情を思い返すと、傷はまだ癒えていないのだと思う。
今、SNSで「ケンティー」と検索すると、称賛の言葉ばかりが並ぶというのに?ただどれほど時を経て愛される存在になっても、叩かれていた時間の記憶は簡単には消えない。
村上春樹の作品を思い出す。身近な人を失ったあとの「残された側」の生き方について、彼は執拗なまでに考え続けた。映画「ドライブ•マイ•カー」をきっかけに2014年に刊行された『女のいない男たち』を読み返したとき、私が大好きで繰り返し読んだ1980年代の作品から一貫して、同じ問いを抱え続けていたことに、人は、こんなにも長く、同じ痛みのまわりを歩き続けられるのだと衝撃を受けた。そういえば今読んでいるサリンジャーもまた、身近な人の死とどう生きるかを、繰り返し描いている。
ケンティーの傷は、たぶん簡単には癒えない。
村上春樹やサリンジャーのように、ケンティーはこれからも長い時間、あるいは一生、叩かれていた時間のことを考え続けるのかもしれない。
ただそれを私は、冷たいけれど、悪いことだとは思えなかった。
なぜならケンティーは、美しい曲を書く。
美しい物語を描く。
傷ついた心を、素晴らしい表現に昇華できる。
そして彼のまわりには、その傷ごと抱きしめる世界がある。同じ舞台に立ったSnow Manの照くんやWEST.の重岡くんの眼差しには、あきらかなケンティーへの愛があった。N’sダンサーやN’sジュニアからも、ケンティーへの愛情が伝わった。そして、私を含めた有明アリーナで時間をともにしたUni:tyはいわずもがな。
夜空は無数の星でできている。一番星のまわりには、数えきれないほどの光がある。どうか傷が疼く夜には、空を見上げてほしい。自分が、どれほど多くの星に囲まれているかを思い出してほしい。
そんなことを考えた。
