26/2/22ブルーノート東京「大西順子セクステット」/時代に抗う人の色気の話
先日ブルーノート東京に行った。表参道交差点付近の華やかさを背にして、どんどん暗い方へ進んでいくとひっそりした先にみえる、どの駅からも不便なのに、日本でいちばん有名なライブハウス。更に料理が美味しく音響もいい。
見た演目はジャズピアニスト、大西順子率いるセクステット。
彼女のことを知ったのは、村上春樹と小澤征爾の対談集「小澤征爾さんと、音楽の話をする」
だった。
大西順子は村上春樹が昔から好きなジャズピアニストで、しかし彼女はある時、自身の限界を理由に引退を決める。その引退ライブに、村上春樹は小澤征爾を連れていった。そして大西順子がMCで引退について触れた時に彼は叫んだ。
「俺は反対だ」
そのエピソードを読んでから、いつか私も聴いてみたいと思っていた。
ジャズは好きで、青山ブルーノートにも何度と行ってるし本場ニューヨークのブルーノートにも行ったことがある。他のライブハウスやホールでも名だたるミュージシャンの演奏を生でいろいろ聴いた。そして今日聞いた大西順子の演奏は、今まで少なくともブルーノートで聞いた中でいちばんよかったかもしれないな、と思った。
何がよかったのかを考えてみると、いちばんは良い意味で教科書通りのジャズだったことだ。
テーマがあり、各楽器が順番にソロを取る。逸脱はなく、おそらく打ち合わせ通りにきれいに回る。合図があり、次のソロへと自然に受け渡される。ハプニングがないのにゾクゾクした。淡々とした様子で繰り出される技巧的なフレーズ、とんでもなく速いパッセージ。なのに乱れない、肩で息すらしない。フレーズは昂ってるのに身体は平静を保っていて表情も崩れない。ただ音は熱っぽく、そのギャップにやられた。
彼女が選んだだろうバンドメンバーがそれぞれ書いた曲の演奏もよかった。自分の楽器が映えるようには描かれてるのにそれが剥き出しじゃないし大きく乱れたりもせず、そこでもまたゾクゾクした。自分の曲だからともっと派手にやろうと思えばやれるし不自然じゃないのに、どこか余力を残した大人の余裕とでも言うんだろうか、もう心も身体も相手を受け入れているのに、そのことをまるでなんとも思っていない素振りを見せられているような。
演奏に感激しながら、そんな彼女を今までそこまで見かけなかった理由が少しわかった気がした。
目立つことが価値になりがちなこの時代に、そういう振る舞いを一切しない。ただ淡々と、背筋をピンと伸ばして素晴らしいピアノを弾く。スタイルも素晴らしく美しい人なのに着飾らない。セクシーな装いをして髪や体を揺らしたり、時にたとえばキースジャレットのように声を洩らしながら弾いたりしたらもっとバズりそうなのに。だけどそれをしない。そこが本当にカッコよかったし、女性として憧れた。
文章を書き、楽器を演奏していると、ときどき「見られたい」という自己顕示欲が顔を出す。そしてその方向性というのは、90しかないものをまるで120もあるような見せ方になりがちだ。
でも、それに打ち勝った先に、大西順子のような凛とした美しさと色気があるんだろう。
そういえばメンバーにはそれぞれ今後の出演舞台の宣伝をさせたのに、自分のことは一切話さなかった。帰りがけに約1ヶ月後にサントリーホールで行われる大西順子の公演ポスターを見て、思わず苦笑した。
🔗 2026年3月19日(木) サントリーホール ブルーローズ | NEWS | Junko Onishi 大西順子 Official Web Site
そういうところがいかにも彼女らしい気がして、そして色っぽい人だなあと思った。
SNS時代において、このやり方はきっと不利だ。ただそんなひとつひとつが大人の色気を作り、あの端正なのにたまらない音楽を紡いでいくんだろう。