選べないピアノ
アップライトピアノを買おうと決めてから、もう20台以上試弾している。
カワイ、ヤマハ、ベヒシュタイン、ホフマン、ザウター、ボストンの色々な型番を4つのショールームで触り、今週来週にかけて更に触る台数を増やす予定。
最初はヤマハかカワイで30万円くらい、メルカリでもいいかと思っていたのに、気がつけば名だたるショールームを巡り、予算もずいぶん上がってしまった。その経緯は長くなるので割愛する。
それより、こんなに弾いてみていちばん驚いたのは、色々なピアノの音色の違いについてではなく、自分の中に雑念が多いということだった。
たとえばカワイのK700がたいそう気に入った。けれど弾きながら、カワイは平凡すぎないか、いやむしろ敢えて選ぶのも悪くないのではないか、と「気に入った」以外のことを考えている自分がいる。
ベヒシュタインのショールームでは、「高いピアノほどいい音がするはずだ」という思い込みが先に立って、いちばん響いたのが中価格帯のピアノだったことを、すぐには受け入れられなかった。
島村楽器でザウターを弾いた時もそうだった。ベヒシュタインでいちばん好きだったピアノと同じくらい、あるいはそれ以上にいい音に聞こえたのに、「ベヒシュタインよりいいなんてある?」と、今でもどこかで疑っている。
幸いなことに、どのピアノを気に入っても買えるだけの予算はある。が、いまいちばんどれを気に入ってるのか、買いたいと思うのか、が定まらない。何度も言葉にしかけては、値段やメーカーの格、世間の評価が気になって、本当にそれでいいのかと疑心暗鬼に。
更にそのピアノを買った自分がどうみえるか、なんてこともついつい考えてしまう。ベヒシュタインの高いピアノを買うと、本気でピアノに取り組んでいることが明示できる気もし、ただ他の名だたるピアノを弾いた上でカワイが好き、も、ストーリーがあっていいのでは、なんてことを。そんなことで決めてたら試弾する意味がない、とその時は我に返ったのだけど。
それでも何度も通ううちに、ひとつだけ、ようやく言葉にできる感覚があった。
私は、新しいピアノの音が好きだ。
同じメーカーでも年数が経っていると、どうしても乾いた音が気になる。思い返してみると、これまで弾いてきたピアノでも、古いものはしっくりこず、新しいものや弦が張り替えられたものに惹かれていた。
みずみずしい音が好きだ。
そう気づいたとき、ようやく自分の中で納得のいく判断基準に触れられた気がして、少しほっとした。
——のだけれど、今度は弾く前から「音がこなれている」と決めつけはじめた気もしてくる。
ピアノを一台選ぶという、それだけのことで、ここまで自分が何を思ったかを把握するのが難しいことに驚いている。本音に辿り着いたと思っても、今度はそれはすぐに新しい雑念となって本当に感じたことに辿り着く邪魔をする。
ただ自分が本当にどう感じているのかを自覚するのは、そもそもずっと難しいのだ。
昔入っていたオンラインサロンでたびたび話題に出た「自分と向き合う」という言葉を思い出す。雑念が多くて、自分の本当に感じたことを感じるのが難しい。そう自覚して苦労していること、きっとそれが「向き合う」ことの入口なんだろう。