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makicoo — essays 2017–2026

理想の老後

2026-05-29 / 考えごと・人生 / エッセイ・老後・理想の暮らし

前に働いていた会社の縁で、ピアノ弾き同士が集まる会がある。そのメンバーのひとりが、他の弾きあい会にも精力的に参加していて、さまざまな会場のピアノを弾く様子をSNSでいつも楽しそうに発信している。私はそれを見るたび、刺激をもらっていた。

そんな彼女が先日、素敵な一軒家でピアノを弾いたことに感激し、「いつか自分も家を建てて、お気に入りのグランドピアノを置きたい。時には友達も招いて」と書いていた。読んでいる時は、私も私も、と思った。

けれど、よく考えてみると、私はここ3年以上ずっと電子ピアノで練習していたのに、そこまで大きなストレスを感じていなかった。今回アップライトピアノを買うにあたってはかなりこだわったものの、ではもう一度あの労力をかけて、今度はグランドピアノに買い替えたいかというと、どうしてもそうしたい、という熱量はない。

また、美味しいレストランと質のよいスーパーが揃った今の住環境を手放してまで、グランドピアノが置ける家に住みたいかというと、そうでもない。

今回、とてもコンパクトなのに素敵な音がするアップライトピアノを買った。だから今の家にそのピアノさえ置ければ、私はかなり満足なのだと気がついた。

さらに言えば、もし近所に気軽に使えるピアノ練習室があるなら、そのピアノさえ手放してもいいのかもしれない。

つまり私は、ピアノを所有すること、とくにグランドピアノを所有することそのものには、そこまで強い執着がないのだった。

では逆に、自分は何にこだわるのか。

考えてみると、それは「気軽さ」だった。

昨日、二つのきっかけが重なって、急遽7月に福岡へ行くことを決めた。こんなふうに、思い立ったら自由にどこかへ行けること。それを、どんなに歳を取っても続けたいと思った。

私はミュージカルも、バレエも、フェスも、コンサートも好きだ。それらに気軽に出かけられることを大事にしたい。楽器を弾くことも、その「気軽にやりたいこと」のひとつなのだ。

家にピアノが欲しいのも、結局は、気軽に弾きたいからなのだと気がついた。

こんなことを考えたのは、ちょうど今、理想の老後のバイブルのように思っている、ギッシング『ヘンリ・ライクロフトの日記』を読んでいるからかもしれない。

ライクロフトは、かつてロンドンで貧しい暮らしをしていた売れない作家だ。ところが知人の遺産を受け取ったことで、大好きな郊外の土地で悠々自適に暮らせるようになる。作品には、そんな静かな生活への愛着と、過去の貧乏暮らしの中にも確かに存在した人生の煌めきが、彼の日記という体裁で淡々と綴られている。

その満ち足りた心情が眩しく、私もこんな気持ちで老後を迎えられたら、と思いながら読んでいた。

けれど、ふと気づいた。

今の私は、すでに「自分にとって理想の老後」に前乗りしているようなものではないか。

その証拠に、6月にはユジャ・ワン、7月にはロイヤル・バレエの『ジゼル』、ケンティーとACEes、ミュージカル『サンセット大通り』、8月にはサマソニの予定が控えている。そして、もうすぐ念願だったアップライトピアノも届く。

あとはつまり、これを死ぬまで持続できるように、頭を使って生きていけばいい。

そう気づいた時、なんとも満ち足りた気分になった。

もっとも、ライクロフトと私は、同じような満足の境地にいながら、求めているものは正反対だ。

彼は労働から解放され、静かな土地に腰を据えたことを喜んだ。一方の私は、自分で稼ぐことで、気兼ねなく旅行や舞台を楽しめること、そして賑やかで便利な場所に暮らせることを喜んでいる。

そこもなんだか少し、おかしかった。

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