メダリスト•オン•アイス2025: 鍵山優真選手がくれた、救いと希望
先日、とても久しぶりにアイスショーを観に行った。
実はフィギュアスケートには、一時期かなりハマっていて、テレビ中継があれば必ず観ていたし、ショーや試合にも何度も足を運んだ。
それがここ15年ほど、ぱったりと観なくなった。理由ははっきりしている。
15歳でGPファイナルを制した浅田真央選手の大ファンだったからだ。
彼女が年を重ねるにつれ、どれだけ素晴らしい滑りをしても点数が伸びず、一方で当時のライバルには驚くほどの加点がつくようにみえた。
彼女が頑張れば頑張った分だけ、応援すればしただけ、不可解な採点と結果に傷つく──それが数年間、熱心に彼女を応援し続けて感じたことだった。
フィギュアスケートは、よく分からない。
分からないものを見続けるのは、想像以上にストレスが溜まる。そしてソチ五輪の少し前から、私はこの競技を一切観なくなった。
そんな私が再びフィギュアスケートを観ることになったのは、ごく軽いきっかけだった。メダリスト・オン・アイス2025の無料のチケットが手に入った。そして一度もスケートを観たことのない子に見せるには、悪くない機会だと思った。
会場は国立競技場代々木第一体育館。かつて浅田真央選手を観た場所でもある。初めて会場で浅田真央選手を観た時、スパイラル、スピン、ジャンプ、ステップ、そのすべてが群を抜いて素晴らしくて、胸が震えた。何より今も強く覚えているのは、滑っている時に音がしなかったことだ。そんなことがあるのか、と強く衝撃を受けた。
席に座った瞬間、当時の記憶がよみがえった。そして悲しいかな、どれほど素晴らしい滑りをしても点数がつかなかった光景を思い出し、胸が少し痛くなった。
久しぶりに観たアイスショーは、とても楽しかった。
そして何より意外だったのは、「この人、上手いな」と感じた順番と、全日本で結果を出している順番が、ほぼ一致していたことだ。
私にとってフィギュアの順位は、長いあいだ理解不能なものだった。だから競技として観るとイライラしてしまい、観ないという選択しかできなかった。けれど、もしかしたらこの10年で、少しは変わったのかもしれない。そんなふうに思えた。
なかでも印象的だったのが、鍵山選手の滑りだった。
個人のプログラムも素晴らしかったけれど、坂本花織選手とのサプライズのプログラムが、特に心に残っている。
そこには、彼自身がスケートをすることを心から楽しんでいる感じがあった。その「滑る喜び」は、私が応援し始めた頃の浅田真央選手を思い出させた。彼の滑りを通して、いつの間にか抱え込んでいたフィギュアスケートという競技への不信感のようなものが、静かに溶けていくのを感じた。
私が観ていた当時のスケート界と、今のスケート界が変わったのかは、正直なところ、分からない。何も変わっていないのかもしれないし、変わったのかもしれない。
ただ、鍵山選手のスケーティングを観て、少なくとも彼は、心から滑る楽しみを感じているように見えた。そしてそこには、純粋に競技に打ち込める環境があるようにも思えた。
それなら、ミラノオリンピックを観てみようかな──そんな気持ちになった。
私にもう一度フィギュアスケートのすばらしさを教えてくれた鍵山選手、本当にありがとう。ミラノで納得のいく滑りをして、納得のいく結果を手に入れることができますように。