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makicoo — essays 2017–2026

別れの予感

2026-06-04 / 食・店 / レストラン・ラブランシュ

18歳からずっと東京にいて、好きだったお店との別れは何度も経験してきた。

閉店を知って最後に訪れた店もあれば、ずっとあると思っていたのに突然なくなってしまった店もある。

今日、大好きな友達と訪れたラブランシュは、そのどちらとも少し違う。予約をしようと電話をしたら、営業日数が以前からぐっと減っていた。そして今日、久しぶりに訪れたらオードブルの種類も絞られ、メインの数も減っていた。シェフは今年76歳になる。店員さんの数も少ない。それで「もしかしたら今日が最後になるのかもしれないな」

そう思った。

ラブランシュを知ったきっかけは少し面白い。

30代の頃に知り合った男性に、料理を研究するのが趣味の人がいた。岐阜から深夜バスで2ヶ月に1回上京しては東京の名店を食べ歩いていて、私は時々その会に呼ばれたのだけど、その彼が「東京でいちばん食べるべき店」と言っていたのがラブランシュだった。

初めて訪れたのは、たしか今の夫と一緒だった。

そのとき食べた、いわしとじゃがいものテリーヌの美味しさはいまでも忘れられない。こんなに美味しいものが世の中にあるのか、と本気で驚いた。

それから何度も通ったけれど、結局いつも同じものを頼んでしまう。そして今日はメニューを選ぶ余地はなかったのだけど、また、いわしとじゃがいものテリーヌを食べた。

変わらず素晴らしく美味しかった。

けれど料理が出てくる間合いや店の空気のどこかに、これまでとは少し違うものを感じた。一口ごとに美味しいと思いながら、同時に「もう食べられなくなるかもしれない」という気持ちも強くなっていった。

最後のコーヒーと受け菓子をいただきながら、これが最後かもしれないな、と思った。

もちろんまた食べたい。できるなら夏にも来たい。

でも、もし今日が最後だったとしても、それは仕方のないことなのかもしれない。

初めて来た頃は、本格的なフレンチのお店に入るだけで緊張していた。それが今では一人でも思い立ったら行くほどに、私もずいぶんと歳を重ねた。

40代最後の年を迎えて、これから先、こういう別れはきっと増えていくのだろう。

願わくば、もう一度夏に。

ただもし叶わなかったとしても、ラブランシュのことはずっと、忘れない。

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