歳を重ねてようやくわかった、東京でいちばん好きな場所
2003年公開の映画『ロスト・イン・トランスレーション』を初めて観たとき、作中でスカーレット・ヨハンソンとビル・マーレーが泊まっていた西新宿のパークハイアット東京に、強く憧れた。
それからしばらくして、当時の職場の上司に誘われパークハイアット東京41階のピークラウンジに初めて行った。職場が近かったせいもあって、不思議と気後れはなかった。「ちょっとリッチにお茶をする」くらいの気持ちだった。抜群に見晴らしがよくて、天井が高くて、窓が大きい。素敵な場所だと素直に感激した。
それからも何度となく訪れた。都内でも好きな場所のひとつだとは思っていた。ただ東京には次々と新しいスポットが登場する。そのたびに、素敵な場所探しは続いていた。
そんな中で、パークハイアットがリニューアルのために休館すると知った。思いのほかショックを受けた。ちょうど渋谷の東急本店も取り壊されたあとで、失って初めて気づく、好きな場所の大切さを痛感していたからだ。改めて振り返るとピークラウンジには、私が好きな条件がすべて揃っていた。高い天井。大きな窓。そして高層階であること。例えば、渋谷のセルリアンタワーのバー、ベロビストは眺めがいいけれど天井が低い。品川のストリングスホテルのチャイナシャドーがある階は天井も高く窓も大きいけれど、階層が低い。三つが揃う場所は、思い返してみるとパッと思い浮かばない。そんな貴重な場所なのに、なぜもっと頻繁に行かなかったのだろう。そんなふうに、初めて悔やんだ。
そして今日、ふと時間ができてリニューアル後のピークラウンジに行くことができた。正直、変わってしまっているだろうと思っていた。1年も閉館していたのだし。それに一回行ってみたら行ってみたでもう当分行かなくてもいいくらい満足するのかなとも思った。
ところが、41階のエレベーターの扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたのは、圧巻の光景。記憶よりも天井は高く窓は大きく、そしてすっかり忘れていた、建物の中に植えられているとはにわかに信じがたい生い茂る緑。唯一、41階からみえる景色だけは記憶通りだった。
美しさに目を奪われた。席についてからも、景色にずっと見惚れていた。リニューアル前に何度もきていたにも関わらず。
日がどんどん暮れていった。夕焼けのグラデーションが深まっていくさまはちょっとした天体ショー。
そしてすっかり陽が落ちても全体照明は控えめなまま。テーブルに灯りが置かれるけど手元は暗い。その分夜景の美しさが際立つのだ。
こんなに綺麗に夜景を見られる。しかも、ゆったりしたソファに座って、美味しいお酒と、そして食事をとりながら。それがどれほど貴重なものなのかを、今の私は知っている。
今年で49歳になる。これまでに国内外のいろいろな場所を訪れてきた。特に、36歳で一度目の結婚を手放してからは、話題の場所や気になった場所へ、フットワーク軽く出かけている。
けれど、その中でありありと思い出せる場所は、実はそれほど多くない。ただパークハイアットの、このピークラウンジは違う。そもそも20代で初めて足を踏み入れたときのことさえ覚えている。
さらにそれからいろいろな経験を積んできた私が再び訪れて、また空間と景色に見惚れてしまう。
年を重ねる良さのひとつに、コトの素晴らしさに気づけることがあるのかもしれない。これまで多くの場所を訪れてきたからこそ、パークハイアットのピークラウンジの素晴らしさを発見する。
少なくとも20代の私にとっては「ちょっとリッチにお茶をする場所」だった。あの頃の私は、この空間の良さを理解するには経験が足りていなかった。
目の前に広がる圧巻の夜景に見惚れながら、この場所がどんなに私にとって貴重なのかを噛み締める。そして、またここに来られたことが嬉しく、
その良さに気づけるだけ、歳を重ねたことに満足する。
これからの人生はきっと、好きな場所の解像度がもっと上がっていくのだろう。こんな瞬間が、これからきっと増えていく。その予感が、なんだかとても嬉しく、少し誇らしく感じられた夜だった。