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フィッツジェラルド「お坊ちゃん」感想/親しい人の死で解放されるということ(ネタバレあり)

2025-08-13 / 読書・文学 / 読書感想文・坊ちゃん・フィッツジェラルド

フィッツジェラルドの短編『お坊ちゃん』を読んだ。

裕福な家に生まれたアントンの、必ずしも幸福ではない人生を覗き見るような小説。
そんな話の中で何よりも強烈だったのは、最愛の人があっけなく死んだことで、アントンの中の長い停滞がほどけ、新しい一歩を踏み出す気配を残して終わるラストだった。

人の死は、悲しみや喪失感だけで語られることが多い。
けれど実際には、「解放」になることもある。

「誰かの死によって解放される」と聞くと、看病疲れや毒親といった、外から見て明らかな理由を想像するかもしれない。
だけどアントンにとってのポーラはそうじゃない。
結婚寸前までいったものの、自業自得で破談になった関係。そして数年後、切なさと孤独感に打ちのめされていた彼の前に、再び現れた理解者だった。そんな彼女があっけなく死んだことで——アントンは自由になった。

自分の記憶を辿る。
長年にわたって死にたがっていた親友が、とうとう自死を成し遂げたとき。悲しみと同時に、「もう引き止めなくていい」という安堵の感覚が確かにあった。
それは、成就しなかった恋の相手が死ぬことで、長く抱えてきた思いが静かに昇華されるアントンの感覚とは違うけれど、その何とも言えない入り混じった思い——そこには確かに共通するものがあると感じている。

人に話すのが憚られる感情を、言葉でそっと紐解いてくれるのが小説の力。そして、この短編を読んで救われた人、これから救われる人は、きっと少なくないのだと思う。

フィッツジェラルドの短編集。

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