42歳、母、フジロック
その日、東京はうだるような暑さ。ただし身にまとうは撥水性のタイツ、雨を通さないインナーに上質のポンチョ。2019年7月27日、1歳の子と夫を置いて、豪雨が予想されたフジロックフェスティバルに、42歳の私は単身で向かった。
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身の上話をしよう。20歳から付き合っていた人と24歳で結婚。週末はいつも一緒にミュージカル鑑賞やジム通い、仲はよかった。家を買い、年に1度は海外旅行に行き、当時を振り返ると、とても幸せそうな夫婦。そう、幸せだったのだ。ある一点を除いては。
夫は結婚当初から子を持つことをとても楽しみにしていた。そしてとても辛抱強く、私がその気になるのを待った。一方の私は仕事やプライベートに夢中で、子を産み育てることに後ろ向きだった。後1年、後1年と先延ばしにしているうちに、いつの間にか私は35歳になった。もう先延ばしができない年まできてしまって、だけど覚悟が決まらなくて。そしていつからか家に帰るのが憂鬱になった。
とある日、私は夫に一人旅がしたいと言った。結婚してから一度もひとりで旅をしてこなかった。ひとりで旅をして、そしてそこで孤独を感じたなら、きっと私は子を産み、育てることに前向きになれる。そして、万が一、もし、そうならなかったら、ならなかったで、その時は・・・。
そしてある夏の日、私は出発した。行先はエアーズロック。初めて訪れた砂漠の街、は、恐ろしく寒かった。
煌々と照る太陽、澄み渡る青空に赤色の大地、遠方にどんと構えるエアーズロック。ただどんなに日差しが強くても、空気は恐ろしく乾いていて、そしてたいそう冷たかった。直接吸い込むと体の芯から冷えるから、手でなるべく口を覆って呼吸した。
夜になると、寒さは厳しさを増した。壁が薄い安ホテルでは、何枚着こんでも何の足しにもならなかった。肺が痛いくらいに冷えた。現地のキャンプツアーに参加した夜は、あまりの寒さに少し泣いた。
そんなエアーズロックの滞在をおえた後、次に向かった先は1年中温暖なケアンズだった。ケアンズに着いた時、空気の暖かさに心の底からほっとした。暖かいだけで、幸福を感じられるということに驚いた。そして旅の間、寒さを感じることはあっても孤独を感じなかったことの意味を考えた。
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フジロックのライブが終わってから、予約していた東京行きの深夜バスが出発するまでにしばらく時間があった。簡易な小屋で激しく打ち付ける雨をしのぎながら、特にお腹は空いていないのに、暖をとるためだけにけんちん汁を啜った。早く時間が過ぎることだけを願った。スマートフォンを持つ手はかじかんで、そして気を抜くと歯がカチカチと音を立てた。
ようやくバスに乗り込んだ時、久しぶりに乾いた空気を吸ってほっとした。乾いた椅子に腰をおろし、乾いた衣服に着替え、ようやく寝られる、と、目を閉じた先に浮かんだのは、東京で待つ夫と子の寝顔、そしていつぞかのエアーズロックからケアンズに降り立った日のことだった。
ケアンズから日本に帰国後、ほどなくして、私は当時の夫に別居を申し入れ、その約1年後に離婚。2018年、思いがけない妊娠をきっかけに当時付き合っていた9歳年下の彼と再婚、そして子を出産するにいたる。
色々なことがあった。
随分と凍えた、あの夏とこの夏が交差した。