2018/12/30-31 それは神様が決めることなのだけど
うちの実家は代々キリスト教で、なので、死ぬ、とは即ち天国に召されるという考え方をする。そしてその時期は神のみぞ知る、というのが染み付いているから、長生きしてね、と言うことはない。言ったところで、いやそれは神様が決めることだから、そうナチュラルに返ってくるんだろう。
ただ私の子が生まれてから、どうも母はこの世界に前より少し執着しているように思う。子が歩くようになったら、喋るようになったら、楽器を弾くようになったなら。よくそんな話をするようになった?
私にとっての子の成長は今の自分に至るまでの歴史が解き明かされているようなものだけど、母にとってのそれは、自分の幼い頃の記憶と、子を育て上げた記憶と、二重の過去が重なっている。だからきっと孫というのは多くの人にとって格別な存在なんだろう。
そんな母が密かに叶えたいのは自分が通った中高一貫校に子が入ることだ。卒業生の親族は優遇されるからぜひ選択肢として考えて欲しいという話をこの前された。
ただいったいそれが叶った所で、母はそれを見届けることができるのか?母は今年74で、私の子の中学入試の時には86歳となる。先のことすぎて分からないね、なんて返したけど、一瞬頭に浮かんだそれはとても切ない想像で、母の74の年に子を産んだ自分が少し悲しかった。
子を持つ、そして孫ができることほど、この世界に未練を残すことがあるんだろうか。少なくとも私が子を産んでから大きく変わったのはこの世に未練ができたことだった。
そのほかあったこと。31日は彼の実家で年越し。数年前から年が明けたら真っ先にすることは彼にLINEすることだった。今年は横にいたのにやっぱり彼にLINEから。
その後一緒にお笑い番組をみて、一緒の部屋で寝る。
お正月を好きな人と一緒に過ごすていいものだ、そう思う。