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makicoo — essays 2017–2026

コロナ以前、コロナ以後①

2020-04-10 / 考えごと・人生 / 日記・コラム・ライフログ

2020年1月上旬

・1月の末に引っ越し、そして2月の頭に転職を控え、希望に満ち溢れた年。早めに仕事を引き継げたなら、休みでもとってどこか温泉でも行きたいと思っていたのだけど、結果、そんなに引き継ぎがスムーズに行かず諦める。ただ3月にタイに行く予定があるし、まあいいか、そう思った。そう、この時はまさか旅行に行けなくなるなんて、想像をしていなかった。

2020年1月中旬

・SNSや5chで「武漢」という文字をみかけることが増える。調べてみるとそこでSARSより症状も致死率も軽く、ただし潜伏期間が長く、感染しても無症状な人が多い謎の肺炎が流行っていることを知る。
無症状なひとがウイルスをばらまく、そして2割の人が発症し、そのうちの半分が死ぬ。5chではロシアンルーレットみたいな病と言われていて、ああ確かにと思う。1/10の確率の重みに震える。

・Twitter で知り合った人たちとの子連れオフ会。無症状な感染者から謎の肺炎がうつる可能性が頭をちらつきながらの参加。渋谷から銀座に行って帰るだけなのに、ものすごく遠くに感じる。

・この頃から5chの新型感染症板で常に最新の情報を追いかけるようになる。

2020年1月下旬
・1月23日、武漢ロックダウン。21世期にそんなことがあるんだと仰天する。私が知るロックダウンとはペストが流行った中世の出来事。ペスト患者が多く出た街は封鎖され、そこの地の住人の大半が、ペストで、または餓死して亡くなった。まさか、21世期に、そんなことが起きるなんて。ただ食料は供給されるようで時代はちゃんと前に進んでいるんだと安堵する。

・スペイン風邪について調べ始める。今までただの世界史の穴埋め問題にすぎなかった出来事がにわかに現実味を帯びてくる。早めにロックダウンした街とそうじゃなかった街の死亡率の差、そして残念ながらこの風邪は第二波が猛威をふるったこと、悪い事ばかりじゃなくて、この出来事のおかげで第一次世界大戦終戦のきっかけになったこと。

・旧居から新居へ引っ越し。引っ越しが予定通りに行われたことに安堵。そして引っ越したらとにかく備蓄をしたかった。引っ越し日からAmazon&週2で色々ケース買い&複数買いを始める。

2020年2月上旬

・転職先に初出社。理想の仕事内容に素敵なオフィス。ただ今までフルリモートだったのに今後はフル出社。数駅ほどとはいえ満員電車。子の保育園から家までどう帰るかも悩ましい。とはいえ背に腹は変えられず、気休めと知りながらマスクで通勤。実は2010年、SARS騒ぎの時に買ったマスクが2箱あった。まさか10年後に役に立つとは。

・複職していた先の送迎会&転職先の歓迎会。どちらも、実は開催されないんじゃないかとビクビクしていた。開催は嬉しく、ただ万が一のことが頭によぎる。ちょうど香港で食事会経由の集団感染が話題になっていた。

2020年2月中旬

・フェイクかもしれないし、とずっとみないでいた武漢の動画を見てしまい動揺する。これヤバくない?というのをヒシヒシと。動揺したらすることといえば食料を買うこと。ふるさと納税でお米を既に20Kg頼んでいるのに買い足す。これぞパニック買い。

・トイレットペーパーのパニック買いがニュースになる。この時既にうちには備蓄がそこそこあって、予想があたったことに対する安堵と後ろめたさ。

・1年以上週1で通ってたリンパマッサージ、お店の換気悪いしやめることに。同様にネイルも諦める。

2020年2月下旬

・いよいよ電車が怖くなり、自転車で通うことに。子を乗せられる自転車ではないので、帰りは自転車を引きながら。とても大変。結局2日しか続かなかった。

・会社で予定していたイベントが中止に。そして在宅推奨が決まる。正直ホッとした。残念ながら私の歓迎会パート2も中止。だけど、予約した時からもしかしたらそうなるかもとは思っていた。

・妹が無事出産。本当は何日か手伝いに行くつもりだったけど、自分がコロナを持ち込むことになりかねないからやめる事に。妹はコロナの影響もあって、帝王切開したのにほぼ自然分娩と同じスケジュールで退院。

2020年3月上旬

・子が体調を崩す。以前なら迷わず病児保育を使ってたけど、リスクが頭をよぎり自宅保育。ロックダウンされたらこんな感じなんだよな、と覚悟する。仕事は深夜早朝、そして彼が帰ってきてからは行きつけのカフェへ。カフェはこんではいないもののたまに咳する人がいてそれが怖い。とはいえ、自宅だと子が起きているうちは仕事にならない。

・いつのまにかイタリアが、ロンドンが、そしてニューヨークが大変なことになっている。

・子連れでいけるエステの予約をキャンセル。保育園の預ける時間を変えたのもあるし、換気もよくない。子を連れて行くのが怖かった。

・アメリカの本社は完全なるオフィス閉鎖。日本の状況を追い越していった。3月のタイ旅行のチケットをキャンセル。もともと乗る便が欠航になったのもありフルリファンド。

2020年3月中旬

・オリンピックの延期が決まるオリンピックのせいで対策が甘いという世間の声。ただ万が一オリンピックが中止になることがどれだけ甚大な被害をもたらすか。だから粘りに粘って延期という方向に持っていけたことを私は評価したかった。そしてオリンピックに関わってた友人や、オリンピックを節目に人生のシフトチェンジするつもりだった友人の顔が浮かぶ。

・オリンピックの動向が決まって、緊急事態宣言が出せる法律も通過して、さあ緊急事態宣言が出るぞと思って色々お菓子やらを買い込んだのに、その時は出ずに拍子抜け。

2020年3月下旬

・3連休。フルリモートになってから3週間、その間家族以外の接触はほぼなし。もしフルリモート前に感染していてももう発症しているはず。
それに気づいた時の安堵がすごかった。今までの自粛を解除・ランチは外食することに。といっても移動は自転車、換気がよく席間隔の空いている店を厳選。公園に行ってちょっとした花見もした。

・花見の様子や渋谷スクランブル交差点の写真が拡散し、主に海外在住の日本人がSNSで大批判。それに対してものすごくイライラする。

・再び厳戒モードに。しかも最初の厳戒モードより先が見えない感がある。

・お友達とランチを。リスク承知、だけどたわいもない話ができでとてもよかった。また会おうねーと声掛け合って、だけど次はいつ会えるんだろうと悲しくなる。

・3月に雪が降る。自宅にいろという天からのメッセージ?桜に積もった雪は綺麗だった。

・Twitterのタイムラインに政府を糾弾するツイートが多くなる。不機嫌が蔓延。Twitterやめる?と思ったけど、有用な情報は拡散したいし、不機嫌は吹き飛ばしたい。SNSとの付き合い方に対して腹をくくる。

2020年4月上旬

・緊急事態宣言を出して欲しいという世間の声が強くなる。恐らく出るのだと思う。つくづく覚悟を決めて、だけどその時は肩透かしを食らったことが、2-3週間後に起きる。そのたびに私は思った未来にならなかったことに安堵して拍子抜けして、ただその後、結局この世界線かとがっかりする。

・緊急事態宣言が出た後のことを考える。そもそも私はスペイン風邪を調べていて、そして今のところその通りに世の中が進んでいて。つまりそういうこと。

・この自粛ムードの中、後ろめたい気持ちを抱えながらご飯を食べに行った。移動は自転車だし完全個室。とはいえ何かにビクビクしている。気分は禁酒法時代のアメリカだ。ものすごい背徳感。ただ久しぶりの外食はとても美味しかった。

・戦後の日本について調べている。食料が配給制で、闇市があって、預金封鎖があってetc...昔何かで読んだ、だから微かに知っているその時の事を。

・そう、ここにきて物心ついてから今まで数々の本を読んできたことが自分の血肉になっていることを感じる。

私には、歴史は今、逆再生しているように見える。それはまるでタイムトラベルをしているようで、どこか俯瞰して面白がっている自分がいる。

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