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makicoo — essays 2017–2026

2018/11/12 誰かの1日を彩るということ

2018-11-13 / 日記

先週の日曜に行ったお店は老夫婦と、そして息子さんで経営しているようだった。カウンター席の端にちょこんと腰掛けたご婦人は年のせいか所作がとてもゆっくりで、お客さんが帰った後、食べ終えたお皿を重ねはするものの、それを運ぶのは、息子さんといった具合。
そのご婦人は子が少しぐずついた時に私達を凝視した。それをみて、ああ、子どもが苦手なのかな、煩くしてしまって気に障ったのかな、と思った。

それが勘違いだと知ったのはすっかり食べ終えて帰る時だ。ご婦人は私達が食べ終えて帰るにあたり皿を重ねるためにやってきたのだけど、皿を重ねるより先にまた私達を凝視して、かわいい、といった。なんてかわいいのだろう、なんて清らかな存在なんだろう、と矢継ぎ早に言葉を続け、そして涙ぐんでうちの子の頬を遠慮がちにさわりながら、赤ちゃんは宝だ、神々しい、そう言った。その瞬間にそのご婦人の噛み締めるような喜びが伝わってきて、私まで少し、泣いてしまった。

実はそんなことがこれまでにもあった。いつぞかの山手線で会ったご婦人、バスで乗り合わせた男性。そのふたりもお年を召されていて、そしてまるでその日、どころか、その年にあったいちばんよかった出来事のように、うちの子と偶然居合わせたことをとても喜んでくださった。

恐らく老いというのは多くの人にとって、とても気の滅入ることだ。どんどんと不自由になっていく体と向き合いながら毎日を営なむ。そんな老いの哀しさを、若さの象徴である乳児は癒すのだと思う。

子は、ただそこに存在しているだけで、誰かの1日を彩ったりする。それは本当に素晴らしいことで、尊いことで、そんな時、私は何か荘厳な気分になる。

リトル リマ
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そのほかあったこと。

ランチの後、クレヨンハウスに立ち寄ったけれどとても混んでいて、すぐに退散。その後表参道ヒルズに立ち寄った頃には、子はベビーカーでぐっすり寝入っていた。お茶するか迷ったものの結局その後どこも寄らず、明治通りからまっすぐ家に帰ることに。

帰り道、気になったお店を立ち止まって、写真にとっては、食事の後に美容院に行った彼にLINEで送って感想を言い合う。

たぶん私と彼は、とても仲がいい。これが何より私がいちばん幸せなことだ。

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