2021/7/24 不機嫌の可能性
オリンピック開会式を最後までみるのに子を付き合わせてしまい、翌朝、眠いのに無理やり起こし習い事に連れて行ったところ、ここ最近でいちばんイヤイヤを発動し、母、意気消沈。
そして朝イチ予約するはずだったスーパーソニックというライブイベントのチケットを買い忘れていることに気がつき、習い事後に慌てて予約。が、パスワードを再発行したりモタモタしているうちに売り切れてしまった。タッチの差で、それについても意気消沈。その後、副作用がひどいと噂のワクチン2回目の接種。それから大好きなカフェ、茶亭はとうに行くも、この日に差し出されたカップは地味で、心躍らなかった。ヘレンドの、今みるとなかなか素敵なカップなのだけど。

家に帰って、子と昼寝しようと思うもうまく寝てくれず、諦めてから何だかずっと不機嫌だった。気晴らしに仕事をして、ジムに行った彼の帰りを待ちわびながら、子とふたり。一人暮らしだったらふて寝確定なのに、子がいると横になることが難しい。ようやく彼が帰って子守をバトンタッチして逃げるように寝室にこもっても不機嫌はなかなかおさまらず。そしてしみじみ、機嫌が悪いと損だなあと思う。
ところが世の中にはそんな「不機嫌」を美しい文章にする人がいる。ぱっと頭に浮かぶのは、エッセイ「泣く大人」を書いた江國香織。タイトルが「泣く大人」だけあって、たとえば海外の取材中に悪夢をみて、不安感に駆られてホテルに帰るのが憂鬱だった夜のこと、仲の良い友人と口論になり、きつい言葉を言われた時のことなどが美しい言葉で綴られている。そしていちばん好きなのは、喧嘩をすると家を飛び出しタクシーに乗り、ブックセンターに行くというくだりだ。
喧嘩をすると、いまやかならずブックセンターにいく。書物の匂いをすいこみ、棚のあいだをあてもなくゆっくりみてまわり、写真のきれいな料理の本とか、みたこともないくらいグロテスクな漫画とか、緻密で詳細なひどく瀟洒な船の造り方(?)の本とか眺めているうちに、気持ちが鎮まって、とり戻したい自分をとり戻せる。とり戻したい自分とは、度を失う前の自分。勿論、結婚などというものは度を失わなければできないものであるわけだけれど。
江國香織「泣く大人」
ただ文章力はともかく、冷静な時に自分のイライラと、そして江國香織さんのイライラを比べてみると、昇華の仕方がよくないかなとも思う。次にイライラしたら、私も彼女を見習い、どこかに逃避行でもしてみようか。それともずっと欲しいなと思いながら買うタイミングをみかねているダイヤのピアスを思い切ってしまうとか、そんなことを。
ひとしきり不貞腐れた後の私は、江國香織さんに見せてもらった不機嫌の可能性を、夢見ている。