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makicoo — essays 2017–2026

レストランナリサワ/「料理」という名のアート

2017-02-22 / 考えごと・人生 / グルメ

大人になってから実感することのひとつに、「お金の価値はコンテンツによって変動する」というのがある。

今年40歳になることを契機に上質なものを身に着けよう!と試行錯誤している私。先日はいいデニムでも買おうと渋谷西武の売り場に行った。売り場に着くまでは未知の世界に足を踏み入れる、という高揚感でワクワクしていた。
けれど私は残念ながら、デニムに20,000円出せる人間ではなかった。普段履きなれたものとは明らかに違う上質な手触りに「おお」と感嘆こそしたものの、値札をみた瞬間に気分が萎えた。「履かれてみますか?」という店員さんの有難い申し出も丁重に断り、その足でまっすぐユニクロに向かうことになった。
同様にいいバッグがひとつくらい欲しいなと長年思ってはいるものの、ショップで実際に手にとり、値札をみると、テンションが下がる。欲しいな、と思う感情と、実際に出ていくことになるお金の額。それがいつまでたってもつりあわない。

ところが「食べ物」に関してだけは出ていくお金の額が気にならない。「食べたい」が理性を蹂躙する。
先日は恋人の誕生日のお祝いにと、外苑前の「レストランナリサワ」に行ってきた。世界のベストレストラン50に選ばれたこともある一流店。お値段も一流で、ランチコースが1人20,000円。お酒も「シャンパンを」と言ったら、何の確認もなくドンペリが出てきた。自分のお金でドンペリ飲む日がきたかと、いろんな意味でとても震えた。

そんな「レストラン ナリサワ」でいただくコースは、何だかとてもワクワクした。「里山の風景」という一皿は、まるでジオラマのように立体的で、たとえば木がごぼう、雪がおからで表現されているといった按配。「森のパン」は、テーブルの上でパン生地を発酵させ、その後石釜をかぶせてその場で焼き上げるという演出だった。

シェフがイメージする日本の原風景を目で味わい、口で味わう。
似たような仕掛けがある料理を食べたことはある。ただ「ナリサワ」のそれは頭ひとつ抜けて完成されていた。

帰りがけに、今回の食事1回分で韓国2泊3日できたよねと彼が言う。そう、韓国旅行にさくっと行ける額。そしてそれ相当の娯楽を、たった2時間半で味わえた。なんというコスパのよさ、と私は思う。デニムに20,000円は出せないけど、一食にであれば、躊躇がない。

次のラグジュアリーな食事の機会は私の誕生日。分子料理で有名な、タパスモラキュラースバーに行ってみたい。

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